希望の性質 ⑶ 希望の姿の文化による違い

希望に関する文化の違い

ここまでのことから、希望が生き生きと充実した生き方、将来志向の生き方をする上で中心にあることが理解されます。一方、集団の和を第一優先する社会では、希望の出番があまり無さそうであることも、この説明である程度想像できると思います。

もちろん、集団主義の枠組みの中でも希望の働きが無いわけではありません。しかし、資源やエネルギーと道筋を目標に向かって整える際、自分の内にある資源に頼るか、外の資源も動員するかは文化によって異なるとエドワーズらは言います。[1]Edwards, L. M. & McClintock, J. B.(2018). A cultural context lens of hope. In M. W. Gallagher and S. J. Lopez (Eds.). The Oxford Handbook of Hope (pp. 95-104). Oxford, England: Oxford … Continue reading

1990年発表のアベリルらの調査によると、アメリカ人にとっては、希望が信仰、祈り、信念などと同義語と数えられることがあり、韓国人にとっては、理想や大志などと同義語と捉えられる傾向があることがわかったと言います。[2]Averill, J. R., Catlin, G., & Chon, K. K. (1990). Rules of hope. Springer-Verlag Publishing.その研究では、アメリカ人は行動できるときは自分で行動するが、自分の通常の力以上の力が必要な場合、神への信仰に求める傾向があることがわかりました。一方韓国人は、理知的過程などあくまでも自己の内的資源に頼る傾向がありました。

このアメリカ人らの目標内容そのものが宗教と関係あるというわけではなく、目標の達成に何の力を使うのかという話ですが、アベリルらはこれをそれぞれキリスト教、儒教の影響ではないかと考えています。これは面白い知見です。希望は資源の流れを作って目標達成に向ける働きなのですが、アメリカの場合、この資源には神からのものが入ってくる一方、韓国の場合その動きの範囲は自己内のものに留まるという見方ができます。

参照

参照
1 Edwards, L. M. & McClintock, J. B.(2018). A cultural context lens of hope. In M. W. Gallagher and S. J. Lopez (Eds.). The Oxford Handbook of Hope (pp. 95-104). Oxford, England: Oxford University Press.
2 Averill, J. R., Catlin, G., & Chon, K. K. (1990). Rules of hope. Springer-Verlag Publishing.