将来そのものを志向しない(2)未来志向

未来志向

過去、現在、未来という三つの時の区分で考えると、人の心や思いがどれかに向かう傾向がある場合、それぞれ過去志向、現在志向、未来志向と言いますね。老いたる者は過去を想い、青年は未来に向かって太志を掲げると言われてきましたが、現実には必ずしもそのとおりではなく、また文化というものもこの志向性に大きな影響を与える要因の一つであることがわかっています。もちろん一つの文化の人々が例えば未来だけ考えているということはあり得ません。だれも三つの時間領域について思いを向けているにしても、大まかな傾向の話です。

そうしたいくつかの研究によると、個人の成功を求める西洋、特に北米文化は比較的将来志向の傾向が高いようです。[1]Fuchs, E. (Ed.) (1976). Youth in a changing world: Cross-cultural perspectives on
adolescence.
The Hague: Mouton.
[2]McInerney, D. M., Roche, L. A., McInerney, V., & Marsh, H. W. (1997). Cultural perspectives on school motivation: The relevance and application of goal theory. American Educational Research … Continue reading[3]Seginer, R. (2008). Future orientation in times of threat and challenge: How resilient adolescents construct their future. International Journal of Behavioral Development, 32, 272-282.[4]Zimbardo, P. G., & Boyd, J. N. (1999). Putting time in perspective: A valid, reliable individual-differences metric. Journal of Personality and Social Psychology, 77, 6, 1271-1288.――なるほど、それは言われてみるとわかる気がしますね。将来の成功を夢見て進むアメリカン・ドリームはその典型だというわけです。

ーー先におことわりしておきますと、わたしは「とにかく未来志向であればよい」と考えているわけではありません。過去の失敗から学び良い記憶を尊び、未来志向の目的に向かって進む中で形式的な義務感に陥ることなく、現在に集中して充実を得るなど、バランスや秩序のある統合があり得るはずです。(ウェブスターは未来や過去から充実を得る現在について測る尺度を作っています。[5]Webster, J. D. (2011). A New Measure of Time Perspective: Initial Psychometric Findings for the Balanced Time Perspective Scale (BTPS). Canadian Journal of Behavioural Science, 43, 111-118. )ーー

それでは個人主義ではない文化では未来志向が強くないとすれば、どうなっているのか?伝統主義の強い文化では過去志向が強いとされます。[6] Brislin, R. W. & Kim, E. S. (2003). Cultural diversity in people’s understanding and uses of time. Applied Psychology, 52, 363-382. 日本では現在志向が強いとの研究があります。[7]Shirai, T. & Beresneviciene, D. (2005). Future orientation in culture and socio-economic changes: Lithuanian adolescents in comparison with Belgian and Japanese. Baltic Journal of Psychology, 6, … Continue reading 日本文化においては個人は会社の状況に動向を合わせるので、個人的な達成意欲は比較的低いとされています。ここには言ってみると「出る釘は打たれる」原則が働いています。それはつまり、個人の夢や目標はさておき、職場への貢献や協調に多くのエネルギーを注入している状況と言えるでしょう。そしてもちろんこの背景には、労使共に求める終身雇用制度があってこの傾向を増幅しています。

接客から販売、事務、医療や介護まで、仕事の多くは大局的に見ればその性質上「現在」のニーズに心血を注ぐものであり、日本人は雇われた者として会社や組織の一員として勤勉に自分の責務を果たすことが知られています。さらに同僚や上司に迷惑をかけないという意識が日本では高度に発達しています。無意識に相当のエネルギーをそこに割いているはずです。しかしこれもその大半が「現在」の領域での人間関係に対しての心的エネルギーの投入でしょう。

未来を意識しつつ何かを提供している業種としては企画、研究開発、教育、設計、デザインなどがあります。また何であれ起業時、それに経営自体が未来志向の要素を必要とするものと言えます。またもし、会社が絵に描いた餅ではなく、日々意識している未来志向の事業目標があって、社員がそれに向かって一丸となって進んでいるというような場合、集団主義的でも未来志向というケースもあり得るはずです。

しかしまとめるならば、日本は個人の目標達成よりも組織での責任、またそこでの人間関係の維持にほとんど無意識に多くのエネルギーを割いており、アメリカ等に比較して未来志向にはなりにくい現実があるということです。

次ページ 「循環する」時間」へ

参照

参照
1 Fuchs, E. (Ed.) (1976). Youth in a changing world: Cross-cultural perspectives on
adolescence.
The Hague: Mouton.
2 McInerney, D. M., Roche, L. A., McInerney, V., & Marsh, H. W. (1997). Cultural perspectives on school motivation: The relevance and application of goal theory. American Educational Research Journal, 34, 207-236.
3 Seginer, R. (2008). Future orientation in times of threat and challenge: How resilient adolescents construct their future. International Journal of Behavioral Development, 32, 272-282.
4 Zimbardo, P. G., & Boyd, J. N. (1999). Putting time in perspective: A valid, reliable individual-differences metric. Journal of Personality and Social Psychology, 77, 6, 1271-1288.
5 Webster, J. D. (2011). A New Measure of Time Perspective: Initial Psychometric Findings for the Balanced Time Perspective Scale (BTPS). Canadian Journal of Behavioural Science, 43, 111-118.
6 Brislin, R. W. & Kim, E. S. (2003). Cultural diversity in people’s understanding and uses of time. Applied Psychology, 52, 363-382.
7 Shirai, T. & Beresneviciene, D. (2005). Future orientation in culture and socio-economic changes: Lithuanian adolescents in comparison with Belgian and Japanese. Baltic Journal of Psychology, 6, 21-31.