自己肯定より自己批判(5)成長と可能自己

成長に向かう、自制的な可能自己

「可能自己」像を持ち、将来への目的が設定されていて、単なる形式ではなく、日々情熱や動機をもってそれを求め再確認しているとしたら、その目的が現在の自分の活動や選択の評価基準になります。[1] Oyserman, D., Bybee, D., Terry, K., & Hart-Johnson, T. (2004). Possible Selves as Roadmaps. Journal of Research in Personality, 38 , 130–149. そしてその意欲が十分にあるなら、それは自己を制御する、自制的な可能自己の姿を思い描くのです。実際の自己改善が起きるためには、この自制が可能自己に伴う必要があることが判明しています。[2] Oyserman, D., Bybee, D., Terry, K., & Hart-Johnson, T. (2004). Possible Selves as Roadmaps. Journal of Research in Personality, 38 , 130–149. つまり自制のない将来自己像とは絵に描いた餅というわけです。毎日自分を制してそこに力を集中させ投入することをしないからです。

もっと正確にこのプロセスを描くとこういうことになります。例えばわかりやすく天才棋士や天才アスリートを例にとってみましょう。彼らはどんどん才能を開花させ素晴らしいパフォーマンスを表して記録を打ち立てます。本当に多くの場合、それらの天才たちは、マイクを向けると、自分がいかにまだ足らないかを語ります。他者と比較して誇らしげに満足することよりも、より高い目標比較して「まだ足りない」と言っているのです。この目標がどこから来ているかと言うことです。能力を持たない人が他者と比較して目標を立てているというのとは違う質のもののようです。

これは、天才の内側に眠る潜在的な力や可能性が本人に直観的に感じられ、その潜在性が磨かれ発露することを求めて、それらの目標へ内側から駆り立てているというのが、実際のところではないでしょうか。「絵に描いた餅」の場合と比べて違うのは、その内側からの「もっと磨いて」という、不足の呼び声の有無ではないかと思われます。その不足に対して、本人は資源を投入しようとします。これが自制的な可能自己の姿です。他の欲求の満足のために資源を乱用するのを自己制限して、この内なる可能性の発する「不足」に集中して向けるようにします。素質を持つ人が謙虚に高みを見続けている姿勢は、こうした、内なる潜在性を自制的に求め続けている姿であると言えます。一般の人においてもこの目標への不足の認識がパフォーマンスの改善に必要であることが心理学の研究でもわかっています。[3] Bandura, A., & Cervione, D. (1983). Self-evaluative and self-efficacy mechanisms governing the motivational effects of goal systems. Journal of Personality and Social Psychology, 45, 1017–1028.これが成長に向かう、自制的な可能自己のモデルとなるものでしょう。

日本人の多くの場合は自分が足らないというマイナス評価は多分にあり、それが改善の動機とはなっているけれども、肝心のけん引する力をもたらす、プラスの将来自己像自体が欧米人に比べて弱いというのが実態です。[4] Unemori, P., Omoregie, H.,& Markus, H.R.(2004). Self-Portraits: Possible Selves in European-American, Chilean, Japanese and Japanese-American Cultural Contexts. Self and Identity, 3, 321-338. それは、その「不足感」が、自己の持つ可能性から発出するものというより、既に書いたように周囲の状況を参照する自己批判に基づいたものであるからでしょう。

まとめると日本人の性質の一つとして、内に持つ潜在性に焦点を当ててこれを耕し伸ばす動きが弱いと言えます。将来に目が向かないのはこれと深く関係していると言ってよいでしょう。将来と内面の可能性に目を向けないで、所属集団での現在における安定に無意識に力が注がれていると言えると思います。

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参照

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1, 2 Oyserman, D., Bybee, D., Terry, K., & Hart-Johnson, T. (2004). Possible Selves as Roadmaps. Journal of Research in Personality, 38 , 130–149.
3 Bandura, A., & Cervione, D. (1983). Self-evaluative and self-efficacy mechanisms governing the motivational effects of goal systems. Journal of Personality and Social Psychology, 45, 1017–1028.
4 Unemori, P., Omoregie, H.,& Markus, H.R.(2004). Self-Portraits: Possible Selves in European-American, Chilean, Japanese and Japanese-American Cultural Contexts. Self and Identity, 3, 321-338.